大阪高等裁判所 昭和34年(ネ)572号 判決 1967年6月12日
主文
一、第一審原告の控訴及び第一審被告等の控訴はいずれもこれを棄却する。
二、第一審原告の請求減縮に基き原判決主文第二、三項を次の通り更正する。
第一審原告に対し、昭和二八年七月九日以降原判決主文第一項の家屋明渡済まで、一ケ月につき、第一審被告豊津タマは金一五、〇〇〇円、第一審被告豊津保子、同縫子、同貞蔵は各金一〇、〇〇〇円の割合による金員を支払え。
三、第一審原告の控訴費用は同原告の負担、第一審被告等の控訴費用は同被告等の負担とする。
四、原判決主文第六項を次の通り変更する。
この判決は、第一審原告において、家屋明渡部分につき第一審被告等に対し金二五〇万円、金員支払部分につき第一審被告タマに対し金三〇万円、その余の第一審被告等に対し各金二〇万円の担保を供するときは、それぞれ仮りに執行することができる。
事実
第一審原告代理人は、第九一九号事件につき「原判決中第一審原告敗訴部分を取消す。第一審原告に対し、第一審被告等は別紙目録記載の家屋を明渡し、かつ第一審被告タマは昭和二八年七月九日以降右明渡ずみに至るまで、一ケ月金一六、六六七円の割合、第一審被告保子、縫子、貞蔵は各昭和二八年七月九日以降右明渡ずみに至るまで一ケ月金一一、一一一円の割合による金員を支払え、訴訟費用は第一、二審とも第一審被告等の負担とする。」との判決及び仮執行宣言を、第五七二号事件につき「本件控訴を棄却する。控訴費用は第一審被告等の負担とする。」との判決を求め、第一審被告等代理人は第五七二号事件につき「原判決中第一審被告等敗訴部分を取消す。第一審原告の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも第一審原告の負担とする。」との判決を、第九一九号事件につき、控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方の事実に関する主張、証拠の提出援用認否は、左記の点を附加、訂正するほか、原判決事実摘示と同一(但し、原判決二枚目裏四行目の「金五万円」を各「金五万円をそれぞれの相続分に応じた割合に分割した金員」と改め、同四枚目表一行目の「損害金」の次に「をそれぞれの相続分に応じた割合に分割した金員」を加え、同五枚目裏七行目の「北側に」から、同一一行目までを、「当時の状況は、表側(南側)の平家建店舗(建坪一七坪)とその南側に建増したベランダ付き二階建部分(建坪三、四坪)、及び裏側(北側)の二階居宅(建坪六坪、二階坪六坪)とより成つていたところ、まず昭和二六年一二月頃から昭和二八年二月頃までの間に、右の内南側店舗(平家建)及び建増部分(二階建)を通じてその階下部分(原判決添付図面A、B、Cの部分)につき、基礎工事を含めて大改造を施し、右二階部分(右図面Aの部分)を殆ど新築同様までに改造し、次いで昭和二八年七月頃から前記の二階のない部分に二階を新設、増築し(右図面B´C´の部分)、これらの二階部分と階下部分とは通し柱により一体の二階建家屋とし、また昭和二六年頃から昭和二九年二月頃までの間に、残りの北側二階建居宅の階下部分(右図面Dの部分)に改造を加えた。これにより元の家屋はその一部たる北側部分(二階建、右図面D、D´の部分)のみが残存し、独立建物としては消滅し、現在の建物(右図面A、B、C、D、E及びA´、B´、C´、D´)は元の建物とは同一性のない建物である。」と改める)であるからこれを引用する。
第一審原告の主張
(イ) 本件家屋の敷地は神戸市生田区元町通二丁目三三番地の一であるから、本件家屋の表示を別紙目録記載の通り訂正する。
(ロ) 契約解除以前の賃料請求は減縮する。
(ハ) 本件家屋の賃料は昭和二八年五月七日の和解により同年五月分以降は一ケ月金四五、〇〇〇円に減額されたが、その際もし今後家賃の支払を遅滞した場合は、その月以降右の減額を取消し旧賃料に復活せしめる旨特約があつたところ、第一審被告先代原三において同年六月分以降の賃料の支払を遅滞したから、右減額は取消され賃料は一ケ月金五万円となつた。
(ニ) 第一審原告は、第一審被告先代に対し昭和二八年六月二九日付、同月三〇日到達の書面により、昭和二八年六、七月分の賃料(同年六月二八日までに支払うべきもの)を同年七月二日までに支払うべき旨を催告したが、第一審被告先代は右所定期限までに支払わなかつたので、第一審原告は同月七日付書面により本件賃貸借契約を解除したものである。
(ホ) 本件家屋の現状が、在来のものと同一性を喪失したことは否認する。仮りに同一性を失つたとしても、その原因となつた工事は、第一審原告が昭和二八年六月二〇日に行つた増築に対する拒否を犯して同年八月一〇日に増築(B´C´新設、A´を洋食堂に改む)を完成し、また昭和三一年一月三〇日に空地(CDの中間約一坪、Dの北隣に約五坪)に無断増築し、さらに第一審原告が同年一一月一四日に執行した原状維持の仮処分、次いで昭和三四年八月二八日訴外株式会社矢倉鮨を相手として執行した仮処分に違反して工事を強行して完成したことに因るもので、違法行為ないし犯罪を原因とするものに外ならないから、このような理由で同一性を喪失したとして明渡請求を拒否することは権利濫用である。
(ヘ) 第一審被告主張の有益費支出、造作設置及びこれらの価格現存はすべて争う。特にそのうち本件契約解除時たる昭和二八年七月八日以後の分については、不法占有者の行為であるから、留置権発生の理由とならない。しかも前記の通り違法行為又は犯罪行為による有益費の償還請求をすることは権利濫用である。仮りに償還義務ありとすれば、裁判所による相当の期限付与を求める。よつて留置権は発生しない。右のうちA´の改造、B´、C´の新築は前記解除の前後に亘るから、そのうちでの解除以前の有益費は特定されない。D部分は解除前に改造されていない。右のD、B´、C´部分の現状が右の改造当時の通りであることは争う。また、これらの改造、造作は賃貸人たる第一審原告の承諾がない。仮りに第一審被告らが有益費償還請求権、造作買取請求権を有するとすれば、第一審原告は第一審被告らに対して有する損害金債権と対等額につき相殺の意思表示をする。よつて第一審被告らの留置権は存在しない。
第一審被告の主張
(イ) 本件家屋の敷地についての第一審原告の主張は認める。
(ロ) 有益費のうち価格増加の現存するものは次の通りである。
1、昭和二七年七月中施行のD部分の炊事場改造工事費五七、五〇〇円。
2、昭和二八年六月初旬より着工し、同年七月末日頃までに現状のように新築された二階A´B´C´部分の新築工事費二、三五六、一四〇円。右二階部分の新築は第一審原告の承諾の下になされたものであるが、仮りに承諾がなかつたとしても、善意による改造費用支出であるから、償還請求権がある。また右新築の時期は第一審原告の主張する本件賃貸借契約解除の日たる昭和二八年七月八日の前後に跨がるけれども、右解除当日までには壁塗り以外の工事は完了していたから、右部分の総工費の八割に当る金一、八八四、九一二円を有益費として主張する。
3、昭和二八年一一月中施行の店舗東側外壁塗装工事費五二、三〇〇円。
4、昭和三〇年一〇月より昭和三一年四月末日まで施行したC部分の改造費(現状通り)五二三、七五〇円。
5、右期間内施行のE部分の新設工事費四〇七、二一〇円。
6、昭和三四年八月中旬より同年一一月頃までに施行のA、B部分の改装費(旧建物の天井壁体等を除去して現状通りとしたもの)一、八一二、一四六円。
以上合計四、七三七、八一八円から、右工事により滅失した旧建物の部分の価格合計四三、七〇〇円(内訳、A部分七、二〇〇円、B部分一六、二五〇円、C部分二、三五〇円、A´部分一七、九〇〇円)を控除した残金四、六九四、一一八円につき償還請求権がある。
(ハ) 造作費として
1、第一期取付分(昭和二六年一二月より昭和二八年二月まで)一五五、八五三円(内訳、電気設備五八、〇〇〇円、ガス設備一六、一四五円、水道設備八一、七〇八円)
2、第二期取付分(昭和二八年六月より昭和三一年四月まで)三五六、一五〇円(内訳、電気設備一六四、一六〇円、ガス設備二七、〇〇〇円、水道設備一三、六九〇円、建具一五一、三〇〇円)
3、第三期取付分(昭和三四年八月より同年一一月まで)八九一、一一〇円(内訳、電気設備一一八、〇〇〇円、ガス設備一六、六四〇円、水道設備八四、二七〇円、建具七、八〇〇円、A部分のスタンド及び水槽六六四、四〇〇円)
合計一、四〇三、一一三円につき買取請求権を行使する。
(ニ) 以上の改造工事は前後六回に亘つて行われたもので、第一審原告主張の契約解除の当時は第二回の改造を施行した頃である。そしてB´、C´、Dの部分については、現状は右解除当時の通りである。以上の主張に反する従前の主張は撤回する。
(ホ) 旧建物の消滅経過としては、A´部分(二階)の旧建物は約六坪の粗末なものであつたが、昭和二八年六月頃これを取毀し、その代りに現状通りのもの(約一二坪)を新築(但し、旧材木の一部を新築部分の壁下地に塗込め、又は床根太に組入れた)し、B´、C´を同年七月までに新築した。旧建物のA、B、C(いずれも階下)部分は、昭和二八年七月に為された右B´、C´の新築工事の際に設けた通し柱と新設の壁体の下方、内側に二重構造として残されていたが、昭和三〇年一〇月より昭和三一年四月末までの工事によりC部分(トタン屋根及び間仕切り並びに便所)を、昭和三四年八月中旬より同年一一月までの工事によりA、B部分(天井、壁体、基礎)をそれぞれ取毀し、滅失せしめた。これにより、旧常盤堂(昭和二一年頃建築された代用資材使用の粗末な建物)の家屋の本棟は完全に消滅した。Dは別棟であつて、大体旧建物として残存しているが、内部は大改造を施した。
証拠関係(省略)
理由
一、第一審原告主張の建物(神戸市生田区元町通二丁目六三番地の一(現在三三番地の一、この点は当事者間に争なし)地上の木造亜鉛葺平家建店舗一棟、建坪一七坪、附属木造二階建居宅一棟、建坪六坪、外二階坪六坪の建物を第一審原告が昭和二六年一二月一〇日承継前の第一審被告亡豊津原三(第一審被告等先代)に賃貸したこと、同人が昭和二八年六月分及び七月分(前払)の賃料を延滞したので、第一審原告より同年六月三〇日到達書面で催告を受けながらなお支払しないため、第一審原告より同年七月八日到達書面で契約解除の意思表示を受けたこと、右解除は適法で、豊津原三は第一審原告に対し右賃借に係る家屋の明渡義務を負担したことについての当裁判所の判断は、原判決理由と同一であるから、右理由該当部分(原判決八枚目裏一行目より一〇枚目表三行目まで、但し、同八枚目裏一行目の「現在三三番地」を「現在三三番地の一」と訂正する)をここに引用する。
二、次に第一審被告等は、右賃借に係る家屋(別紙図面ABCD及びADの位置に存した建物、右家屋が第一審原告の所有物であつたことは弁論の全趣旨に徴して明白)は、別棟であつた北側の二階建部分(別紙図面D、D´)が現在するほかは、南端の二階建部分(別紙図面A、A´)のうちAは昭和二八年六月頃取毀し、Aと中間の平家建部分(別紙図面B、C)は昭和二八年七月にB、C上に二階(別紙図面B´、C´)を新設した後二重構造として残されたのを、昭和三〇年一〇月から昭和三一年四月までの間にCを、昭和三四年八月から同年一一月までの間にA、Bをそれぞれ取毀したことにより、すべて滅失し、現存するA、B、C及びE並びにA´B´C´(二階部分)はすべて第一審被告等の所有物で、これを含む現存建物は賃借物件とは同一性を喪失した旨主張するので、果して本件賃貸借契約の目的物件が消滅したか否かにつき審按する。
成立に争のない甲第一五ないし一九号証、第二一、二二号証、証人青笹浅一郎の証言により成立を認める乙第一三号証(一部)、証人石田利三郎(原審第一、二回及び当審)、青笹浅一郎(原審)、野崎好夫(原審、当審)、戎良男(原審、当審)、川本恵則(原審、当審)、第一審被告豊津貞蔵本人尋問の結果(当審第一、二回)の一部、第一審原告本人導問の結果(原審、当審)、検証の結果(原審第一、二回、当審第一、二回)を綜合すると、次の事実が認められる。
(1) 本件賃貸借成立当時の状況
表(南側)二階建部分(A、A´)は階下(A)は売店、二階(A´)はベランダ付き事務室、平家建部分(B、C)のうち、Bは喫茶室、Cは便所(西側)と調理室(東側)であり、奥(北側)二階建部分(D、D´)は別棟で、Cとの間には間隙(通路)があつた。従つて主体たる建物(A、A´、B、C)は一部二階建の平家建物であつた。これに対し、第一審被告等先代原三(実際の担当者は第一審被告貞蔵)は大要次の通り改造工事を施した。
(2) A部分は賃借直後の昭和二六年一二月頃より昭和二七年一月頃までの間に、主として従来の菓子店舗をすし店に用途変更の目的で改装、造作を施し、壁の塗替え、天井の張替を行つた。その際天井にあつた空気抜きを除去した。右の場合の改造は、建物の構造自体には何等影響がなかつた。
(3) A´部分は、後記のB´、C´の新設と略同時に、即ち、昭和二八年六月より七月にかけて、従来の事務室を客席(食堂)に改める目的で、先ず床の空気抜きを塞ぎ、南端のベランダを室内に取込(但し、上部区画は残す)んで部屋を拡張し、表正面にベランダに代り出窓を作り、その前に「矢倉鮓」を表示する矢倉形の看板装飾を置き、かつ屋根を在来の単純な直線形の切妻型より曲線形のそれに改め、右形状変更に必要なだけの屋根裏梁材を取替えると共に屋根を葺替えた。また建物の四周は、周壁部分の柱及び桁はその儘存置し、中間部分の外側より見える柱は大部分取替え、東外側に在来の柱に添えて若干の階下よりの通し柱を立て補強とし、在来の柱は大部分壁の中に塗り込め、東側に広範囲に窓を設け、その部分の壁面を除去して、残余部分を作り替えた。そして室内の仕切りを撤去し、食堂向きの造作を行つた。右はA´部分のみについて見ても、建物材料の一部の取替に過ぎず、建物自体の新築といえないのみならず、右の改造の際には、階下部分Aは従前のまま存置したので、AA´全体又はAA´BC全体として見ると、新築又は改築に該当しないことは明白である。
(4) B、C部分は昭和二八年六月より七月にかけて、その上方に二階(B´、C´)を継ぎ足した。即ち、その方法として、東外側に約四本、西外側に一本(西北角)の階下より二階に通ずる通し柱を在来の柱に添えて補強資材として設け(従つて二階部分西側の柱は大部分、階下部分の柱の上に継ぎ足したもの)、B、Cの上方に二階部分B´、C´を乗せた形を採り、その屋根はA´部分とは別に設けた。右B´、C´の間口(東西の長さ)はA´より短かいものとなつたが、奥行(南北の長さ)はD´に接着するところまでとし、B´、C´部分は日本風客室三室及び廊下、便所等として設備、造作した。しかし右の場合にはB、C部分自体には何等手を加えていないから、B、C建物の存立に影響せず、単なる拡張(二階部分)に過ぎないことは勿論である。
(5) さらにC部分については、昭和三〇年終頃から三一年四、五月頃にかけて、その内部西側の便所部分を東側(元調理室部分)に移し、その跡を事務所用に改造すると共に、C部分をCD間の通路部分まで拡張し、それに必要な柱等を新設した。しかし、右の際C部分の構造材(特に西側部分)を全部撤去したような事実は認められないから、C自体としても単なる拡張、改造工事に過ぎず、いわんやC´(及びBB´AA´)と一体となつた建物の消滅と認められる事実はなかつた。なお右と同時にE部分を新設し、DD´に附加され一体となつた。
(6) 昭和三四年八月から同年一〇月にかけてB部分の天井、内壁は賃借当時のままであつたのを、天井を張り替え、内側表面壁を削り取つて塗り替え、柱等も塗り潰し、旧状の外観を一新し、同時にA部分も外観を改装し、ABを通した客席を設けた。しかし、右は単なる内部表面の改装に過ぎず、B部分の構造材等を除去した事実は全然なく、B部分の消滅や、これと一体となつたB´(及びAA´CC´)建物全体の存立に影響する事実は存在しない。
(7) DD´については、右の期間内に、用途変更に伴う若干の内部構造を変更した(以上のうち附属設備についての判断は省略する)。
以上の通り認められ、証人石田利三郎の証言(原審、当審)、第一審被告貞蔵本人尋問の結果(原審及び当審第一、二回)中右認定に反する部分は措信できず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。
右認定事実によると、本件賃借建物は、第一審被告等先代の改造工事により、漸次その部分材料が更新され、二階(B´、C´)及び階下(E及びCD中間部分)の増築により建物が拡大されたこと及び現在は、外観のみから云えば賃借当時の状況を大部分失つていることは認められても、建物の消滅原因として第一審被告等の主張する事実はすべて認められず、右改造工事(造作を除く)の結果はすべて賃借建物に附加されこれと一体化し、第一審原告の所有に帰したもので、本件建物(現状)が賃借建物と同一性を失つたとの主張は採用するに由がない。そして、このことは、右B´C´部分につき独立建物としての所有権保存登記がなされたこと(この事実は第一審原告も明らかに争わない)依つて何等その判断を左右されるものではない。
そうすれば第一審被告等先代は、昭和二八年七月八日に効力を生じた第一審原告の契約解除により、同人に対し本件現存建物の明渡義務を負担したこと明白である。
三、次に損害金につき按ずるに、本件家屋の当初の約定賃料は一ケ月金五万円であつたことは前認定の通りで、その後昭和二八年五月分以降一ケ月金四五、〇〇〇円に減額されたことは、第一審原告の自認するところである。第一審原告は、右減額約定の際、もし今後賃料の延滞があつた場合には、右減額を取消し、旧賃料月五万円に復活せしめる特約があつた旨主張し、第一審原告は当審における本人尋問中において右主張に副う供述をするけれども、右供述中の「条件」とは、今後賃借人において賃料延滞をしないことを確約せしめ、これを前提として減額を認めた趣旨であつて、法律上の条件に該当しないものと解するを相当とし、右の趣旨は成立に争のない甲第二号証及び第一審原告の原審における本人尋問の結果に徴してもこれを看取するに難くないから、右賃料の月五万円の復活の事実は認めることができない。そして第一審被告先代が右賃料を昭和二六年六月分以降支払つていないことは、第一審被告等の明らかに争わないところで、これが弁済等の主張、立証もない。
四、そこで第一審被告等の留置権の抗弁につき審按する。
先ず造作買取請求権行使に基く造作代金を理由とする留置権の主張について見るに、本件の如き賃料不払による契約解除を以て終了した賃貸借契約については、造作買取請求は許容し難いのみならず、この点はしばらく措くとしても造作買取代金を理由として賃借建物全体につき留置権を行使することは到底是認し得られないから、何れの理由によつても、第一審被告等主張の造作買取請求権に基く留置権の抗弁は採用できない。
五、次に有益費償還請求権行使に基く留置権の抗弁について判断する。ところで第一審原告の為した昭和二八年七月八日到達の契約解除の意思表示により第一審被告先代は本件賃借物件に対する占有の正権原を喪失したものであるから、第一審被告先代は右時期以後本件家屋の不法占有者となつたものであり、そのことは反証なき限り第一審被告先代においてこれを知つていたものと推定すべく、後記認定事実に徴しても、右に対する反証と認むべきものは見出されない。即ち、証人滝逞の証言(原審)と第一審原告本人尋問の結果(当審)とにより成立を認める甲第一〇号証と証人西山恒也(原審)の証言により成立を認める甲第六号証、右証言及び証人滝逞(原審、当審)、宮内廉静(原審第一、二回及び当審)の証言、第一審原告本人尋問の結果(原審、当審)、第一審被告貞蔵本人尋問の結果(原審)の一部を綜合すると、第一審被告先代(事実上は第一審被告貞蔵が担当して行動)は前認定の改造工事中の(3)及び(4)の工事(主として二階増築工事)を為すべく昭和二八年六月上旬以前に第一審原告の承諾を求めたが、これを拒否されたので、同月六日頃までの間に、当時の本件建物の敷地の所有名義人であつた亡西山巌(同人はさきに第一審原告に対して本件建物敷地の売渡契約を為し、その大部分の代金を受取つていたが、登記手続の履行につき若干の紛議があり、所有権移転登記は未了であつた)の相続人で東京都に在住する西山恒也及び春恵(恒也の母)に対し、第一審原告名義を以て電報を発しておいた上、第一審被告貞蔵が上京して面談し、松沢兼人代議士の協力を得て、第一審原告が諒承済と偽称して敷地所有者としての西山の増築承諾書を作成せしめて入手し、これを知つた第一審原告は大いに憤慨して直ちに西山恒也に対し同月七日付を以て抗議の書面を発すると共に、第一審被告先代に対しては、右二階増築等の工事の不承諾を引続いて表明していたにも拘らず、第一審被告先代は、本件家屋は自己の所有物であるとの理由のない見解の下に右西山の承諾書を以て、所要の承諾を得たものとして、直ちに前記(3)(4)の工事に着手し、他面において同年五月二八日以降支払を要する本件家屋の賃料の支払を停止するに至つたため、同年七月八日本件契約を解除されたことが認められ、右認定に反する第一審被告貞蔵(当審第一回)本人尋問の結果は到底信用し難く、他に右認定を左右するに足る確証はない。
ところで第一審被告等主張の有益費中、本件契約解除時以前に支出されたと主張するものは当審で主張する(ロ)の1、及び2、の一部であるところ、右1のD部分の炊事場改造工事費(土間、壁面のタイル張り工事)五七、五〇〇円については、右主張に副うものとして証人青笹浅一郎の証言により成立を認める乙第一三号証及び右証言並びに第一審被告貞蔵本人尋問の結果(当審第二回)が存するが、弁論の全趣旨、証人石田利三郎の証言(原審第一回及び当審)、第一審原告本人尋問の結果(原審、当審)に対照すると、支出時期、内容共にたやすく措信し難く、他に確証はなく、しかもその改造内容は有益費よりもむしろ奢侈費に類するものと考えられるから、いずれにせよ右1の有益費は本件解除前の支出分としては肯認できない。
次に右(ロ)の2の有益費について見るに、この部分の改造工事(B´C´の増築及びAの改造を主要とする)は、前認定によれば、早くとも昭和二八年六月八日頃以後に着手したものと推測せられ(昭和三一年一二月九日付準備書面では「七月頃より」との主張あり)、反証はなく、第一審被告等は、これを同年七月末(昭和三一年一二月九日付準備書面における「二月末」の主張、昭和三七年四月七日付準備書面における「一〇月末」の主張を改めたもの)までに完了し、契約解除時たる同月八日までには壁塗り工事を残すのみで、全体の八割を完了したと主張するところ、前掲乙第一三号証は、その中支出時期の点については、弁論の全趣旨に対照して全然信憑力がなく、又右時期の点に関する証人青笹浅一郎の証言、第一審被告貞蔵本人の供述(当審第二回)もたやすく措信し得ず、証人石田利三郎も、同人が工事担当者であつたが工事時期は昭和二八年六月及び七月と証言(原審)するに過ぎず、またこの点の証拠として第一審被告等挙示の乙第一七号証の一ないし一〇もすべて同年七月二一日以降(同年一二月三一日に至る)のものであるから、右部分の改造工事は前記契約解除時までに或程度は進行していたことは推測できるけれども、その範囲、所要費用の額については、第一審被告等の主張を肯認するについての確証は結局存在しないものというの外はない。しかも右主張の費用額は、有益費と称するものの、その費目別内容を明示していないから、造作費をも包含することが当然推認され、有益費用額の特定ができない。よつて右(ロ)の2の工事費の中八割相当の一、八八四、九一二円の有益費償還請求権の存在は結局証拠がなく、従つて、右請求権を根拠とする留置権の主張も理由がない。
第一審被告等主張の有益費中、右に検討した以外のものは、本件契約解除により第一審被告先代が不法占有者となり、かつこれを知つた以後に行つた工事の支出費用であること、その主張自体により明白であるところ、このような事態において支出した有益費については、公平の原則により民法二九五条二項を解釈すると、元来その占有につき正権原のない目的物につき、あらたに留置権を発生せしめる根拠としては是認し得ないものと解するから、有益費の存否を判断するまでもなく、これによる留置権の主張は理由がない。
六、そうすると、第一審被告等先代原三は第一審原告に対し、本件家屋の明渡義務及び前記契約解除の翌日たる昭和二八年七月九日以降賃料相当の損害金として一ケ月金四五、〇〇〇円の支払義務を負担したものというべきところ、右原三が昭和三一年一二月一四日死亡し、妻である第一審被告豊津タマ(相続分三分の一)、子である第一審被告豊津保子、同縫子、同貞蔵(各相続分九分の二)が相続したことは当事者間に争がないから、第一審被告等は本件家屋の明渡と共に、右同一始期から明渡ずみまで、一ケ月につき第一審被告タマは金一五、〇〇〇円、同保子、縫子、貞蔵は各金一〇、〇〇〇円の支払義務あること明白であるが、右同一期間につきその余の金員請求は認められない。
そして昭和二八年七月八日以前の賃料に該当する金員請求及びこれに対する遅延損害金の請求は第一審原告において請求の減縮(訴の一部取下)をしたから、本訴の対象とならず、そうすれば前記認定の限度内において第一審原告の請求を認容した原判決は相当で、第一審原告及び第一審被告等の各控訴はいずれも理由がないが、右請求減縮に基き原判決主文第二、三項を更正すべきものとし、また、家屋明渡部分についても第一審原告の申立により仮執行宣言を付するを相当と認め、訴訟費用及び仮執行宣言につき民訴法第八九条九三条一九六条を適用して主文の通り判決する。
別紙一
目録
神戸市生田区元町通二丁目三三番地の一地上
一、木造瓦葺二階建店舗 一棟
建坪 三七坪四合八勺
二階坪 三二坪二合一勺
別紙二
<省略>